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ベトナムへの旅 完 [旅’17]

「今のベトナムは、日本の1960年代」という言葉を、ベトナムでよく聞きました。勢いがある、ということだと思いますが、とにかく若い人が多いです。このままの状態でいくと、核家族化が進み、(日本などのように)高齢化社会になるという予測も出ています。都市部にどんどん人が出てきていて、街で見かけるのは3人家族、4人家族。このままいくと、高齢化社会になるのかな、という感じは実際に滞在してみて感じました。

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 (社会主義の影響を感じるのが、この公園にあるレーニン像)
 それでも、経済発展の勢いはすごくて、10年ぐらい前の韓国のようなエネルギーを感じました。私が韓国へ行ったのは2005年頃なのですが、その時の韓国も「勢い」がありました。韓国で感じた勢いと、ベトナムで感じた勢いは同じ物かと言われると少し違う気もします。韓国は、どちらかと言うと、経済発展一直線という感じでしたが、ベトナムはちょっとのんびりしている感じがしました。この違いはどこから来ているのか分かりませんが、政治形態の違いも影響しているのでしょうか。

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(開発が活発なホーチミン市)
 ホーチミン市は、他のアジア都市のような経済発展の道を歩んでいるという印象を受けます。街中を歩いていても、東京やソウルなどにありそうな高いビルがたくさん並んでいて、あまり珍しい感じはしませんでした。ただ、ハノイは首都といえども、「ベトナムらしい」部分が残っていました。そのため、コンビニがハノイでも少しずつ増えてきているのが少し残念です。コンビニをはじめ、ハノイでもホーチミン市でも色々な開発が進められています。そのため、毎日風景が変わっていました。今度訪れたときは一体どんな様子になっているのか、またどんな部分が残っているのか、楽しみです。
(中心街を少し離れると、まだまだこういう風景が多いハノイ)
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ベトナムへの旅 調査編 [旅’17]

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(パスポートに貼り付けたもらったベトナムの観光ビザ)
 これまで足かけ3ヶ月ほどかけてベトナムの旅をまとめてきましたが、それも次回で終了。2月末に東京であった中間発表を終えて、2週間後にはベトナムへ向かったと記憶しています。15日以上の滞在だったので、ビザが必要だったので、元代々木町にあるベトナム大使館へも行ってきました。ビザと言っても、1ヶ月の観光ビザなので、申請書、パスポート、申請料を払えば、問題なく発行してもらえました。今はパスポートも電子化されてきましたが、ベトナムのビザはパスポートにしっかり貼り付けてくれました。ビザをもらうと、「いよいよ、未知の国に行くんだな」という気がしました(普段入国の際、ビザが必要な国へ行かないので)。

 このブログを読んでいると、のんびり旅行にでかけたような感じですが、本来の目的は調査です。ここに詳細は書きませんが、平日はインタビュー、週末は博物館というスケジュールでした。バスでインタビュー先に向かい、インタビューをして、カフェへ行って、インタビューのまとめをして、という繰り返しでした。平日は、インタビューが毎日のように入っていて、時間が限られていることもあり、1日にインタビュー2つということも続きました。それでも色々な人の協力を得て、様々な場所でインタビューが出来たので良かったです。初めての国で、インタビューを行うというのも最初はかなり不安でしたが、無事に終わったので良かったです。欲を言えばもう少し長く居たかったですが。

 今はベトナム、そして日本での調査を終え、ドイツでデータを色々見返しているところです。ベトナムという国から離れてしまったけれども、少なくとも博士論文を書いている間は、この国としばらく付き合うことになりそうです(ベトナム、日本と良くも悪くも似ていて、英語の文献が少ないのが私の今の悩みです)。今回はハノイ、ホーチミンと日系企業が集中している二都市を回りました。勢いは落ち着きつつありますが、第三、第四の都市へ日系企業が拡大していっているので、今後どうなっていくのかも楽しみです。まずは博士論文を終わらせることが先決ですが、ベトナムのあの部分はどうなのか、日本とのこの部分はどうなのか、知りたいことは尽きません。

ベトナム料理食べ歩き 最終回 [旅’17]

 ベトナム料理食べ歩きもいよいよ最終回。今回は2品。どちらもフランスの影響を大きく受けた食品です。
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 これはまさに、ベトナムで最後に食べたもの。お昼頃出発の飛行機だったので、昼ご飯を事前に買って行くことにしました。ベトナムでストリートフードと言えば、という感じのものが、Banh Mi(バインミー)と呼ばれるサンドイッチ。もちろんフランスパンです。 これも50円しないぐらいで、何が入っているかよく分からないサンドイッチでした。野菜とパテとピリ辛ソースが入った、たっぷりのサンドイッチでした。プランスパンでサンドイッチを作る際、私はとてもシンプルにバターとハムが好きなので、こってりし過ぎだと思いました。

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 これも、確実にフランスからの影響を受けているデザート、Banh Flanです。このデザートがおいしいお店というところにわざわざ行って食べました。ただ、日本のプリンと比べると若干サイズが小さかったのでがっかりでした。日本のプリンほどさっぱりはしておらず、かといって、フランスのflan(プリン)ほどは甘くなく、微妙なデザートでした。

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 そのため、ベトナムで一番おいしかったデザート(というほどデザートを食べたわけではないのですが)は、シャーベット。35度のホーチミンで食べた、パッションフルーツ味のシャーベット。暑かったのもあって、とてもおいしかったです。

戦争証跡博物館 後編 [旅’17]

 そして、「ベトナム戦争後の影響」という展示も印象に残りました。当時使用された兵器も、枯れ葉剤をはじめとする殺傷力だけでなく、確実に、後々人体や環境に影響を与える物ばかり。 ベトナムの人への影響を写真で伝えるのは当たり前だとは思いますが、この展示で印象に残ったのは彼らだけでなく、アメリカ人兵士側の状態もしっかり説明していること。枯れ葉剤などを使用したアメリカ兵など(侵略した側)の子供にも影響が出ているということも、写真を使って説明していました。侵略した側だけでなく、侵略した側、両方の戦争後の影響というのを取り上げていて、とても考えられた展示方法だと思いました。

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 ベトナム戦争に関する博物館でしたが、私が考えたのはアメリカへの影響でした。展示の中に、アメリカの過去2つの戦争(第二次世界大戦、朝鮮戦争)とベトナム戦争を比較した表がありました。ベトナム戦争は3つの中で、最長、投入した爆弾の数は桁違いに多く、そして一番お金のかかった戦争、ということが分かります。ドラマ「ザ・ホワイトハウス」などを見てみると、かなり苦い記憶としてベトナム戦争の話が出てきます。「そういうものなのかな」という程度で見ていましたが、ベトナムに来てみて、色々な博物館を訪れると、「アメリカにとって、物理的以上な痛手だったのかな」と思わされます。世界の警察、というイメージが崩れ去ったのがこの戦争なので、そのダメージはかなり大きく、そして長く引きずっていた(引きずっている)ような気がします。

戦争証跡博物館 前編 [旅’17]

 この国(ベトナム)を知るため、ハノイ、ホーチミンと様々な歴史博物館を訪れてきました。中でも、最後に行ったこの博物館が一番印象に残りました。展示されている資料はもちろん、展示の仕方、テーマも含めて、良かったです。内外での評価も高いようで、開館前には、長い列が出来ていました。蛇足になりますが、ベトナムの博物館、朝の7時ぐらいからやっているところもあり、とても早い開館です。この博物館も7時30分開館。ただ、どこも必ず最低1時間ほど昼休みというのがあります。私は午後の開館に合わせて向かいました。

 1階での展示では、戦争当時の各国の反戦デモや新聞記事が展示されていました。政治形態が似ているということで、南アメリカ諸国からの展示が多かったのが印象に残りました。もちろん、反米という意識もあると思いますが、「こんなところで深い関係があるんだな」と、私からすると意外な国同士の結びつきが見えました。

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(アメリカ独立宣言)
 そして、上の階へ向かうと、ベトナム戦争の背景説明があります。とても印象的だったのは、展示の最初にアメリカの独立宣言の引用があったことです。独立宣言の最初にある「全ての人間は生まれながらにして平等であり…」の部分です。ホーチミンの有名な発言でもなく、ベトナムという国の法律の一部でもなく、あえてアメリカ側の独立宣言を使うアイディアと大胆さ。この博物館の展示を統括した人は一体誰、どんな人だったんだろう、と思ってしまいました。

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 フランスの統治時代、そしてアメリカとの戦争、と歴史の流れは結構あっさりとした紹介でした(他の博物館の方が、「戦争そのもの」にフォーカスしていた気がします)。この博物館の大半が、戦争の周りで起こったこと、そしてその後にフォーカスが置かれています。それもまた、この博物館が興味深い部分だと思います。特に大きなスペース(一部屋全体)が割かれていたのが、写真による戦争の報道でした。ベトナム戦争が、フォトジャーナリズムの転換期になりました(と展示では説明されていました)。白黒からカラー、文章以上に写真で多くの報道がされた戦争と位置づけられていました。もちろん、私は当時どんな報道をされていたか知りませんが、写真は目にしたものがあるものばかり。アメリカのカメラマンだけでなく、ベトナムに向かった様々な国のジャーナリストの作品が紹介されていました。日本人のカメラマンの作品もありましたが、面白かったのが所属。日本の新聞社所属ではなく、フリー、またはアメリカのメディア所属の人が多かったです。

 今でこそ、インターネットが発達して、世界のどこ何が起こっているのか、瞬時に目にすることが出来ます。しかし、ベトナム戦争中は、カメラが主流。現地、ベトナム戦争で言えば、奥地へも行ったジャーナリストからの写真が、唯一の視覚的情報と言っても過言ではありません。こういった写真によって、政府の発表と現地で実際に起こっていることの「差」を世界に知らせることが出来た、とも展示の説明にありました。

新しい腕時計 [今日の1枚]

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 時間を経つのが最近ものすごく速くて、1日、1週間があっという間です。ドイツに到着して、既に1週間以上経ってしまいました。と、新しく買った時計を見て、感じる毎日です。写真の時計は、日本出発前日に購入しました。携帯契約の際、ポイントをたくさんもらったので(現金キャッシュバックの代わりに)、そのポイントで腕時計を買おうと考えていました。今まで使っていた腕時計のバンド部分が古くなってしまったからです。「買おう、買おう」と思っていて、先延ばしにしていたところ、結局出発前日に家電量販店へ駆け込む、ということになってしまいました。予算は1万円ちょっとだったので、メジャーなブランドのものは買えませんでした(桁が違いました)。

 ただ、メジャーブランドの下にある、セカンドブランドというのは、予算範囲以内の商品が結構ありました。セカンドブランド、というのは初めて聞きましたが、メジャーブランドの傘下にある、より手頃なブランドらしいです。私はSEIKOのセカンドブランドから、2種類選び、迷いました。付けたり、外したりを繰り返しながら、写真の時計にしました。文字盤背景の色でかなり迷ったのですが、好きな青色にしました。

また移動 [ドイツでの生活]

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 朝は冷えますが、ドイツもいよいよ夏という感じです。私の好きな、日照時間の長い日が続いています。例えばこの写真、午後8時に撮ったものですが、この明るさ!

 ここ数日、ベトナムのことを書いたり、ドイツの生活を書いたり、時間を行ったり来たりしていますが、これも今年の夏までにしたいですね。今年の夏には、フィールドワーク中の旅について書き終えて、「今」を書きたいと思っています(また、新たな旅が夏にはあることですし)。

 さて、到着してから民泊も今日で移動です。この時期、手頃な値段で1ヶ月滞在できる民泊というのが、大学の近くで見つからず、2週間(弱)、2週間、と場所を移動することになりました。今日(11日)から滞在する民泊は大学にも近いので、少しは通学に便利になるかなと期待しています。これまではかなり遠いので、バス、電車を乗り継いでの通学でしたが、今回からは自転車を使って通学しようかと思っています。というわけで、1日から住み始めた場所とも今日でお別れ。あっという間の時間でした。

ベトナム料理食べ歩き 10 [旅’17]

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 滞在最終日、ホーチミン中心街でインタビューを終え、どこでご飯を食べようか迷っていました。お昼時にウロウロしていると、学校の近くにやってきました。学校の前でおばちゃんがお弁当を売っていたので、買ってみることにしました。暑い日でもあったので、お腹を壊さないか怖かったですが、現地の学生が何を食べているかも興味があったので買ってみることにしました。

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 小さな台で売っている弁当は1種類だけ。ご飯がたくさん入っている弁当でした。 ご飯の上に、チキンや野菜を載せてくれる簡単な弁当ですが、たくさんの人が買っていっていました。値段は約50円。びっくりするような値段でした。

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 お昼時になると、このような移動式屋台のような弁当売りが道のいたる所で始まります。どんなに暑くても、おばちゃんが荷物を抱えながら移動しています。これは女性の仕事のようで、この仕事をしている男性は見かけませんでした。戦争の影響だとは思いますが、ベトナムではこのようにたくましい女性をたくさん見かけました。

統一会堂 [旅’17]

 日本語では「統一会堂」ですが、英語ではIndependence Palace(独立宮殿)と呼ばれているこの場所、サイゴン陥落の象徴的場所となっています。現在は歴史博物館となっていて、歴史の中でこの建物の利用目的が変わっていったのかが紹介されています。

 まず外観。色々な漢字が組み込まれた外装となっています。建築家が「東洋の思想」を反映させ、色々な漢字をこの外装に組み込んだようです。このような時に、ベトナム語も一応は漢字圏なんだ、ということを再認識されます。言語学的な分類は分かりませんが、漢字から来ている言葉もベトナム語には多く存在するようなので、漢字圏の影響を受けている言語といっても過言はないでしょう。

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 この外装、口(正直な発言)、吉(幸運)、中(ゆるぎない忠誠)、三(「神秘的な3つの人間性(mystical triad humanity)」:博愛、英知、目的への堅実さ)、主(国家元首の力)、興(繁栄)という漢字を含んでいるそうです。この漢字が写真から分かるかどうかは別として、個人的には、「主」という漢字の意味に興味がありますが、その点については詳しく説明がなかったので、よく分かりませんでした。

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(客室部分)
 上階(1階、2階、3階)は、この宮殿に暮らしていた国家元首達の会議室や客室となっていました。外側からもよく分かりますが、結構立派な造りになっていました。客室に至っては別荘のような感じでした。打って変わって地下は、スパイの部屋、という感じでした。空爆を想定した厚いドア、無機質な壁。実際に戦時中は戦略室として使用されていたようで、ラジオ盗聴の機械や地図などが展示されていました。射撃場まであって、上階との造りとの差に驚かされます。ただ、他の博物館同様、当時の物が「置いてある」だけなので、あまり本物に見えませんでした。
(空爆にも耐えられる地下室)
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(盗聴の機械)
 建物の中には、陥落当時の写真も展示されていました。戦車(北ベトナム軍)が門を突き破って、この敷地内に入ってくる写真もありました。今でこそ門は修復され、(最初の写真からも分かるように)入り口にはきれいな花壇もあります。権力の象徴であったこの場所に戦車が突っ込んでいる写真は、当時(そして今でも)とても象徴的なものだなあと思いました。
(地下にある射撃場)
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ベトナム料理食べ歩き 9 [旅’17]

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「Bun Cha/ブンチャー」に引き続き、滞在中に2回も食べたのがこの料理、Banh Xeo(パインセオ)でした。南ベトナムの食べ物です。これを見て、フランス人であれば、クレープと言うだろうし、日本人であればお好み焼き、と表現するこの食べ物(ガイドブックなどでも、「ベトナムのお好み焼き」と表現されていました)。滞在最終日に30分歩いて、地元で有名らしい、Banh Xeo 46Aというお店へ行ってきました。

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  米粉とココナッツミルクで作られているようで、カリカリです。この基本的な材料に、エビ(または豚肉)、もやしなどを混ぜ込んで焼いてくれます。手でこのお好み焼きをちぎって、レタスに巻いて、付いてくるソースに浸して食べます。手がべたべたになるストリートフードですが、とてもおいしいです。大きなお好み焼きという感じなので、完食する頃にはかなりお腹いっぱいになりました。値段もお手頃で6000ドン(300円)。この屋台(レストラン)には地元の人も、観光客も来ていました。これほど、地元住民と観光客が混ざっている場所も珍しいのではないでしょうか。
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